「平成」を書いたのは誰?真相は?河東純一の経歴・プロフィール!

 
この記事を書いている人 - WRITER -
元銀行員・ファイナンシャルプランナーです。 好きなもの 読書/海外旅行/美術館/アート/お花/フラワー/フラワーアレンジ/フラワーボックス/フラワーキャンドル/ハーバリウム/キャンドル/アロマ/猫 ねこ

2019年4月1日に新元号の令和が発表されて大きな話題となっています!

そして30年以上前に、当時の小渕官房長官が「平成」を発表していましたよね。

この「平成」の書を書いたのはいったい誰なのでしょうか。

気になったので調べてみました。

それではみていきましょう。

スポンサーリンク

「平成」を書いたのは誰?新元号の発表!

2019年4月1日に新元号の令和が発表されました。

日本中が固唾をのんで見守る中での発表でしたね。

菅義偉官房長官が新元号の令和を発表して、その後安倍総理が首相官邸で記者会見を行っていました。

日本中から注目されていて、お祝いムードが広がっていましたね。

スポンサーリンク

「平成」を書いたのは河東純一!

今回、2019年4月1日に新元号を発表するにあたって、菅義偉官房長官は「平成のときの発表を参考にする。」と言っていました。

 

⇒⇒⇒菅義偉の実家はイチゴ農家?すごすぎる学歴・経歴・家族!【画像】

⇒⇒⇒令和|新元号決定の舞台裏!菅義偉官房長官が発表!万葉集の典拠

 

そのため、平成の発表のときのことが話題になっています。

もう30年以上前になりますが、当時の小渕官房長官が「平成」を発表していましたよね。

この「平成」の書を書いたのは河東純一さんという人です。

ちなみに、新元号の「令和」を書いた人は茂住修身(もずみ おさみ)さんです。

⇒⇒⇒令和は誰がいつ書いた?茂住修身の経歴・プロフィール!

河東純一さんは事前に「平成」の書を書くことを知らされていなかったそうなのです。

 

スポンサーリンク

「平成」を書いたときの真相!

「平成」について、河東純一さんは国民よりもほんの少しだけ前に知ることになるのですが、河東純一さんは「平成」を知ったのは、発表のわずか20分前であったといわれています!

そんなわずかな時間にあれだけの立派な書を書き上げなければならなかったのですね。

河東純一さんが「平成」を書いたのはなんと事前に準備されていた場所ではなく、人事課の会議室。

パイプいすが出されて、他の職員がそこにあった書類をかたずけていたのです。その職員に「ここで(書いて。)」と言われましたが、完全に即席の場所でした。

即席の場所だとなかなか落ち着いて書けないですよね。

いすがパイプいすだったので、机が高くて書が書きにくかったそうです。あらら。

河東純一さんは、紙は4枚持ち込んでいました。

元号の候補は3つではないかと聞いていたため、3つ全ての候補の元号を書いてみて、決まった元号をもう1度書いて渡そうと思っていたのです。

しかし、渡されたメモには「平成」の1つだけ書かれていました。

そこで予定変更ということで書いてみて、1番よいものを選ぶのではなくて、書いてみた4枚すべてを渡そうと思って「平成」を書いたといわれています。

そして、まだ墨が乾ききらぬままの4枚目が持っていかれました。

発表に使われた「平成」の書は、乾いていないので辺りにはまだ墨のにおいがしていたほどであったといわれています。

それくらい分刻みのスケジュールだったのですね!

スポンサーリンク

河東純一の経歴・プロフィール!

  • 名前:河東純一(かとう じゅんいち)
  • 生年月日:1946年生まれ
  • 出身地:茨城県
  • 役職:辞令専門官
  • 出身校:大東文化大学文学部

 

河東純一さんは、「令和」を書いた茂住修身さんと同じく、大東文化大学のご出身で、かつ辞令専門官として働いていました。

辞令専門官として退職するまでの30年以上にわたって、約20万枚以上もの官紀や位記、辞令書などを書いていたのだということです。

河東純一さんは母校である大東文化大学のロゴも書いたのです。

大東文化大学の公式サイトはこちら

 

この記事を書いている人 - WRITER -
元銀行員・ファイナンシャルプランナーです。 好きなもの 読書/海外旅行/美術館/アート/お花/フラワー/フラワーアレンジ/フラワーボックス/フラワーキャンドル/ハーバリウム/キャンドル/アロマ/猫 ねこ

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Copyright© 元銀行員春華の賢く教養を広げる生活 , 2019 All Rights Reserved.